顛末記 その8 アイラ島南岸地域~ロンドン~帰国

3/10 朝
8時にリビングに下りていくと、マザーが「もうすぐできるからシリアルを食べて待ってて」と言う。
いい匂いだな、何が出てくるんだろうと思いながらモソモソとシリアルを食べていると、キッチンから大きなプレートが運ばれてきた。
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これがスコティッシュブレックファストというやつらしい。
噂には聞いていたが、その通りのボリューム×こってり。これがトラディショナルなのか・・・・スコットランド人は朝っぱらからなんてもん食ってんだろう。
ハギスは昨夜のよりおいしい。成型が大量生産品ぽいのは変わらないんだが、フライパンで焼き立てというのがおいしくさせたんだろうな。かなり脂っこくて、食の進みは鈍かったんだけど、なんとか完食した。いや、しかしこってりだった。

うん。
今まで必死で好意的に考えようと努めていたのだが、ここまでで結論を出すなら、U.K.の連中の味覚はやっぱりおかしいのではないかと思う。
ハギスもブラックプティングも、旅行の途中の1食としては、旅の記念としてとてもおいしく食べた。
しかし彼らはこんなもんを、毎日食べてるんだろう。。。うっぷとならないことが驚きだ。米原万里が「イギリス人やアメリカ人は食に気を使わないから、どこにでも進撃できる強い軍隊でもって強国になれたのだろう」って言ってたのがすごくわかる気がする。
彼らなら、砂漠でもパスタじゃなくトーストで済ませそうだ。日本人とは、つばの量が違うらしいし。

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9時 B&Bを出発。マウンテンバイクを借りて、島の南岸をサイクリング。
3つの蒸留所が数㎞ごとにある他は、道路と、石垣と、羊と荒れ地しか見えない。空が広くってすごく気持ちいい。
まずはラフロイグは素通りし、ラガブーリンとアードベッグをブラブラ見て、また引き返してラフロイグに行き、11:30からの見学ツアーに参加した。
この回の参加者は他に、アメリカ人のおば様だけだった。上から下までラフロイグのロゴが入った服を着たおねーちゃんに案内されて、麦が発芽して蒸されて醗酵して蒸留されてというウイスキー造りの一連の過程を見せてもらい、説明の内容がイマイチわからないままフンフンと頷き、麦の攪拌やピートを炉に入れる作業を体験させてもらい、最後にはミニバーにて、色々なラフロイグを飲ませてもらった。
クォーターカスク10年は普通の10年よりずっと味が複雑だけど、やはり15年の味の深さにはかなわないと思う。それをピートの香りのする中で飲ませてくれるんだから、この見学ツアー、これだけでも3ポンドの価値は絶対あるな。
ゲストブックの名前の1/3くらいは日本人名だった。なるほど、空港の展示スペースに、ユニオンフラッグととスコットランドフラッグの他に日の丸が立ててあったのはこういうことか。皆俺みたいな反応しながらぐるっと回って満足して帰っていったんだろうな。
この島の人たちが他と違うのは、何も言わないうちから僕のことを日本人だと認識しているということ。
他の場所なら、アイムジャパニーズとかヤーイポーニェツとか言うと、「ジャパニーズとは珍しいね、チャイニーズにはよく会うんだけど」と言われるのが常だったが、アイラ島にはウイスキー好き日本人がしょっちゅう来ていて、軽く13億人チャイニーズを上回っているということなんじゃないかな。
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18時 飛行機に乗って、夕暮れのアイラ島を発つ。
離陸した飛行機からは昨夜泊まったB&Bのあるフレデリッククレセントの湾がはっきりと眺められ、ラフロイグを右下方に見ながら、ラガブーリンの真上を通過して、アードベッグを見下ろしながらグラスゴーに向かった。こんなに毎日蒸留所の上を飛ばれるんじゃ、トイレを使う暇もない小型機で本当によかったなと思う。
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バスの乗り継ぎを待つ3時間ほどの間、ベンチで本を読んでいると、隣にスカートのおじさんが座った。
おじさん、赤いチェックのスカートが、ひざ下5cmというところ。その下は、気温が0℃近いというのに生足+革靴ローファー。スネ毛まで金髪なので、目立たなくていいなぁ。
日本でなら周囲3mにATフィールドが張られるいでたちといえるだろうが、ここはスコットランド。
僕は女子高生かよ!という言葉を飲み込みつつ話しかけてみると、おじさん結構人懐っこくて、スコットランドの作家の話や、U.K.にいるエンペラー?のような人の話などを聞いた。ギルバートアンサリバンって誰だろうって思ったまままだ調べてないや。
1時間ほどかけて段々打ち解けてきたところで、僕が意を決して「スカート寒くないの?」と聞いてみたら、おじさんは「寒いよ。でもこれはトラディショナルなんだ」と胸を張って言った。スカイ島に住んでいるというこのおじさんはどうやら、ロンドン近郊のどこかに何か冠婚葬祭の行事に行くらしくて、それでこのスコティッシュトラディショナルを着ているようだ。
「ズボンは持ってるの?」と聞くと「持ってるよ。寒い日と寝る時ははくよ」と言っていた。今日はけよ…と僕は思ったが、いつもいつもトラディショナルではないことがわかったのは収穫。あとよかった、夜、寝相が悪くてもあられもないことにはならないらしい。

なんとなく「おじさんは鯨食べるの?」と聞いてみたら、おじさんは「食べないよ」と答えた。
おじさん「君は食べるの?」
kurorai「日本では、小学校の昼食で出るんだよ。」
おじさん「へー・・・。」
kurorai「なんで欧米の人って鯨食べたら怒るの?」
おじさん「・・・なんでだろう。わからない。」
と、いまいち身のない会話になってしまった。外国人と政治や宗教や意見が衝突する話をするべきではないと何かで習ったけど、僕はどんどんやってみて色んな意見を聞いてみたいと思っている。誤解されまいと、英語も必死で使うから上達するしね。

結局バスの中でもおっちゃんの隣に座り、「隙間風が寒いよ」と言うおっちゃんの代わりに窓側に座った。ダウンを着ていた自分には寒くもなんともなかったので、やっぱりおっちゃんは服装が良くなかったんだと思う。目的地直前で着替えりゃいいじゃん。

3/11
6時 ヴィクトリアコーチステーションに到着。
近くのカフェでオムレツの朝食。相変わらず味は濃いめだが、肉系の旨味が効いていて旨かった。もしかしたら、ハギス系の風味とも取れたんだけど・・・・店主に原材料を聞くような英語スキルは持ってないので、深く考えないことにした。
午前中はロンドン観光。と言っても特に何も買わず、何もせず。
コーチステーションからチェルシーへ歩き、キングスなんちゃらの方へちょっと折り返してからメトロに乗って空港へ行った。あ、道中、ハロッズ本店に入りたかったんだけど、背中の80Lザックのおかげで門前払いを食った。ハイソサエティめ、覚えてろ。
ダブルデッカーがひっきりなしに走っていて物珍しさも失せちゃったんだけど、広告を見ると日本とあんまり変わらないようだ。
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ヒースロー空港にて手続きしつつポンドをあらかた使いきり、17時エアチャイナにて出発。ヒースローから羽田まで片道で約47000円と、安さが売りのエアチャイナ。順番待ちの列がどう見ても9割中国人のエアチャイナ。日本人とは、顔は似ていてもちょっと雰囲気が違うし、化粧の仕方とか持ち物のブランド名とかで区別はつくね。
隣の席はチャイニーズのおじさんで、英語の勉強でU.K.に半年間留学していて、中国に帰ったら英語の先生になるんだそうだ。
僕が「オックスフォードの友人を訪ねたところだ」と言うと、「私のところにも日本人の女の子がいた。名前は○○でとてもかわいい子だった」と言っていた。アジア人の留学生はどこにでもいるものなんだなぁ。「プリティ」って単語を、いい年したおっちゃんが使うとなんだかいかがわしく聞こえるものだなぁと思った。

機内食は待望の白飯だったんだけど、あんまりおいしくないし量も少なかったのですごく残念な気持ちになった。おいしい米が食べたい。

3/12 12時 北京空港 到着
ただのトランスポートで数時間いるだけなのに、審査官は横柄な態度で質問したり何度もパスポートのコピー取ったりしていて、とても気分悪かった。どうせゲートの外には出られないんだから、イギリスの出国管理を信じてもう少しスルーしてくれてもいいじゃないか。空港内の店は大抵の物の値段が高くて、安く買えるのは中国製のお菓子だけだった。5元とかで大きな箱のクッキーが買えるんだけど、それはそれで不安だ。
この国に余分に外貨をくれてやる義理もないな、ということで、手元のドルは温存し、元への両替はしなかった。
荷物検査で水を取られちゃって、喉が渇いたが、飛行機までのガマン。

18時 飛行機搭乗
機内にて、夕ご飯が出る。実際は半日くらいしか経ってないのに、時差のせいで夕飯ばかり食べている。
まーたあんかけが出た。あんかけ好きだなエアチャイナ。長時間保温しっぱなしでも、乾燥を防げるからかな。
やっぱり量が少なくてまずくて、日本食を渇望。

22時、羽田到着。
空港に着いた途端、日本語が怒涛の勢いで聞こえてくる。右も左も日本語。理解できる言葉がこんなにたくさん聞こえてくると、かえって頭が混乱してくる。順応性が低いんだな。
携帯のメールチェックをすれば49件も舞い込んできた。出発直後のメールもちゃんと保存されてた。auやるじゃん。

23時 審査もさくさく終えて、とりあえず羽田から新横浜までのバスに乗ってみたものの、無性に御飯食が食べたくなる。
23時半 新横駅前でご飯の食べられそうな店を探すも、どこもかしこも閉店後でへこむ。なんなんだよ新横浜、吉野家でさえ23時閉店とかおかしいだろう。。。
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今回の旅の教訓
・1つの国(通貨圏)には最低3日はいるべき
大体3日もいれば、その国の通貨に慣れて、お釣りで溜まった小銭を使えるようになる。半日しかいなかったラトビアでは硬貨の使いっぷりが悪くて、2ラッツとか1ラッツとかサンチモとか、たくさん残ってしまった。両替は紙幣しかできないし、ラトビアなんか今後行くかどうかも怪しいのに。。。

・言葉は発すれば大抵通じる
人に迷惑かけつつも、生きていく分にはなんとかなる。
まぁ、今の僕のスキルにおいて、人とのコミュニケーションに関してはとてもうまくいった旅だった。

・辞書は詳しいのを持っていこう
やっぱ、あるとないならある方がいい。電子辞書は軽くていいけど、うっかり逆パカしちゃったみたいで壊れちゃって、以後脳内辞書オンリーだった。紙ならそういうことないだろうねぇ。

・絵葉書を出す時は、先に切手を貼って、住所を書いてから、本文を書こう
書きたいことをびっしり書いた後で切手を買ってみたら、予想外に大きな切手が出てきて貼り場所に困った。結局、書いた文字を覆い隠しながら泣く泣く貼った。
まぁ、うまくレイアウトできて投函したところで、線が太くってでっかい消印を押されて結局読めなかったりするみたいだけどね!


楽しい旅だった。
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by kurorai | 2010-03-29 12:05
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